その日のことは、今でもよく覚えています。
起業して間もない2015年9月。残暑の夏。快晴の朝7時半、セミの声がにぎやかな日でした。
現場は27km先の横浜市内。朝のこの時間なら道路もまだ空いているようで、カーナビは「40分弱で到着予定」と告げています。
トラックの運転席は自家用車より高いので、ドアの取っ手に両手をかけて、片足で勢いをつけてエイヤっと乗り込む感じです。私はそれまで2トントラックに乗ったことがなく、乗馬で馬に乗るときはこんな気分なのかもしれないと想像しながら、どうにか助手席に身体をおさめました。
私がこの仕事を始めた2015年頃は、まだ運転しながら煙草を吸う人も多い時代でした。いまは交通ルールも会社のルールも変わり、運転中の喫煙はNG。吸いたければ停車してから、という決まりです。
そんなわけで、初めての現場へ向かうトラックの助手席はかなり煙草くさい。
私は37歳で煙草をやめていましたから、トラックの匂いと煙草の匂いが混ざるとこんなに不快なのかと、改めて驚きました。初めての現場へ向かう緊張もあったのでしょう。とにかく匂いが気になります。
このときは、遺品整理という仕事自体がまだ未知でした。とにかく先輩たちの足を引っぱらないこと。それがその日の目標でした。
現場に出る2日前には、先輩がレクチャーをしてくれました。家財の仕分けについて、大きな分類から細かな分類まで紙にまとめて教えてくれたのです。
その紙は作業着のポケットに、お守りのように入れてきました。小さなメモ帳とボールペンも持っています。いろいろ準備したつもりでもぜんぜん落ち着かない……
私は何度もメモを取り出しては、揺れる助手席で確認していました。

トラックが現地に着きました。私たちは外に出て、今日の作業に必要な資材一式を荷台から降ろします。その間に現場責任者の先輩はお客様へ挨拶に家の中に入っていきました。
先輩からの合図で資材を家の中に運び込みます。資材は、段ボールやビニール袋、工具箱、養生用のプラスチック板などおよそ30品目です。
さて、いよいよ現場の家の前に立ちました。先輩がインターホンを押し、ご遺族に軽く挨拶をします。そして部屋に一礼して玄関のドアを開けました。私たちも全員が部屋に一礼をし、そのあとに続きます。
ドアを開けたその瞬間、部屋の空気がゆっくり外に流れてきました。夏の朝、まだ気温が上がり切る前の家の中は、ひんやりとして静かです。家の主がいなくなり、生活の音が止まっている、少し重たくて静かな空気でした。
玄関から部屋の中をのぞくと、フローリングの床に布団が敷いたままになっているのが見えました。枕元には日用品がいくつか置かれています。新聞や週刊誌が積み重なっているのも見えました。壁にかかっている時計やカレンダーのような、ふだんなら特に目に入らないものまで、妙にはっきりと目に入ってきます。
誰かがついさっきまで布団の上にいたような、そんな気配が部屋の中に残っていました。

私はその場で立ったまま、部屋の中を見回していました。これが遺品整理の現場なのだと頭ではわかっていても、まだ身体がうまく動きません。玄関のあたりで突っ立ったまま、部屋の様子を見ていました。
その間にも先輩たちは動いています。部屋を一度ぐるりと見渡し、どこから作業を始めるかを決めているようでした。迷いがありません。頭の中ではもう作業の段取りができているのだとわかりました。
ご遺族への声のかけ方や作業手順の説明も落ち着いていました。大きすぎず、小さすぎず、相手を急がせない話し方で、これからの作業の流れを短く伝えています。
資材一式を運び込んだあと、スタッフ全員で現場の確認と、現場責任者からは担当する場所が告げられました。
その横で、別の先輩が手袋をはめました。ゴムが引きのばされるパチンという音が、静かな部屋に小さく響きます。段ボールを組み立てる音とガムテープをちぎる音が聞こえてきました。
同じ部屋に立っているのに、私はまだ何をしたらよいのかわかりません。ただ、邪魔にならないようにと、肩に力が入っていました。
そのときでした。「これ、先にやろう」
声のする方に振り向くと、先輩が立っています。
先輩はご遺族に「こちらの片づけから先にさせていただきますね」と声をかけ、私を手招きしました。指さしていたのは、玄関横の和室に置かれた仏壇でした。

私は父を小学五年生のときに亡くしています。母が仏事に熱心だったこともあり、実家では仏壇が生活の中に自然とありました。朝晩のごはんを父の分として供え、外出や帰宅のときには手を合わせる。そんな家でした。
だから私にとって仏壇は、その家族にとって特別な場所のように感じていました。その仏壇の片づけを、最初の仕事として任されたのです。少し誇らしいような、でもちゃんとできるか不安もあって、複雑な気持ちでした。
私の実家は浄土真宗でしたが、その家は別の宗派でした。見たことのない仏壇のしつらえに少し戸惑いながら、私は初めて遺品に手を触れました。
こうして、私の最初の遺品整理は仏壇から始まりました。
あの日から、10年が経ちました。これまで3500件以上の現場に携わってきましたが、最初の日のことは今でもはっきり覚えています。
トラックの煙草の匂い、玄関を開けたときの部屋の空気、ゴム手袋のパチンという音。そして仏壇の前に立ったときの、少し背筋が伸びるような感覚です。

遺品整理の現場には、その人が生きてきた時間が残っています。家具や家電を運び出す仕事でもありますが、本当はそれだけではありません。部屋の中にある一つ一つの物に、誰かの生活の跡があるからです。
最初の日、私はほとんど何もできませんでした。先輩の動きを見ているだけで精一杯でした。それでも、あの現場で感じた空気が、この仕事の意味を教えてくれたような気がしています。
遺品整理の仕事は決して派手ではありません。力も使いますし、暑い日も寒い日も現場に出ます。それでも10年続けてこられたのは、現場でしかわからない手応えがあるからだと思います。
現場では、いろいろな家に入ります。長く丁寧に暮らしてきた家もあれば、急に生活が止まってしまった家もあります。部屋の様子や残されている物を見ると、その人の暮らし方や時間の流れが何となく伝わってきます。
ご遺族が大切そうに一つの写真を手に取る場面に立ち会うこともあります。逆に、静かに「全部お願いできますか」とだけ言われる現場もあります。どちらも、その人なりの見送り方なのだと思います。
そういう場面に何度も立ち会ううちに、物を運び出すだけではない仕事なのだと、少しずつわかるようになりました。
もしこの仕事に興味を持っている人がいたら、まず一度、現場に来てみてください。最初は誰でも戸惑います。私もそうでした。でも現場に立つと、この仕事が大事にしているものが少しずつわかってきます。
あの日、先輩に呼ばれて仏壇の前に立った瞬間から、私の遺品整理の仕事は始まりました。
この仕事は、思っていたよりずっと奥が深い仕事でした。
そしてその奥行きは、現場に立つたびに少しずつ見えてくるものなのだと思います。